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千葉地方裁判所 平成3年(ワ)460号 判決 1993年8月25日

原告

井上文生

被告

羽山淳一

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金二二四万七三七二円及びこれに対する平成三年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の主位的請求及びその余の予備的請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

(主位的請求)

被告らは、原告に対し、連帯して、金一二八八万六六五〇円及びこれに対する平成三年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告らは、原告に対し、連帯して、金一一四二万八八二〇円及びこれに対する平成三年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、交差点での普通貨物自動車との衝突事故により負傷し、その約一年後急性心不全により死亡した自転車の運転者の相続人が、民法七〇九条、自賠法三条に基づき、右自動車の運転者及び保有者に対し、主位的に死亡による損害の内金、予備的に傷害による損害の賠償の履行を請求した事案である。

一1  交通事故の発生

原告の亡父井上義夫(以下「亡義夫」という。)は、左記交通事故(以下「本件事故」という。)により、右上腕骨外科頸・大結節骨折、右橈骨・尺骨遠位端骨折、右手第四・第五中手骨骨折、右手第四・第五基節骨骨折、右腕神経叢麻痺、左腓骨骨頭骨折等の傷害を負つた(当事者間に争いがない。)。

(一) 発生日時 昭和六二年一二月二四日午前五時ころ

(二) 発生場所 千葉県市原市姉崎二〇四九番地先路上

(三) 事故の態様 被告羽山が普通貨物自動車(袖ケ浦八八あ八、以下「加害車両」という。)を運転して、県道千葉鴨川線(以下「本件道路」という。)を同市姉崎海岸方面から同市有秋台方面に進行中、右発生場所の交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)において、同市椎津方面(右方)から同市青葉台方面に進行してきた亡義夫運転の自転車と衝突した。

2  責任原因

(一) 被告羽山には、本件事故の発生につき、進路前方を注意しながら進行すべき注意義務を怠り、最高速度時速四〇キロメートルを大幅に上回る時速約七〇キロメートルの速度で進行した過失がある(甲第一一号証及び弁論の全趣旨により認められる。)。

(二) 被告会社は,加害車両の所有者であつて、これを自己のために運行の用に供していたものである(当事者間に争いがない。)。

3  入院経過

亡義夫は、本件事故当日の昭和六二年一二月二四日から昭和六三年六月三〇日まで一九〇日間帝京大学医学部附属市原病院及び医療法人芙蓉会五井病院に入院し(合計一九〇日間)、同年七月二日から同年一一月二一日までの間に三九日右五井病院に通院して前記傷害の治療を受けた(当事者間に争いがない。)。

4  亡義夫の死亡

亡義夫は、昭和六三年一一月三〇日、急性心不全により死亡した(当事者間に争いがない。)。

5  損害の填補

亡義夫は、本件事故による損害の填補として、任意保険会社から合計金三三五万〇三〇〇円の支払を受けた(当事者間に争いがない。)。

二  争点

1  本件事故と亡義夫の死亡との間の因果関係の有無

(一) 原告の主張

亡義夫には、本件事故前から心不全(心筋梗塞の疑い)の疾病があり、本件事故後の入院中に陳旧性心筋梗塞が認められた。亡義夫の死亡は、右疾病に、本件事故による強度の全身打撲・負傷及びその治療・リハビリテーシヨン、被告ら・保険会社の不誠実な対応等により被つた多大な精神的・肉体的ストレスが加わつてもたらされたものであるから、本件事故と右死亡との間には相当因果関係がある。

(二) 被告の主張

亡義夫には、本件事故前心疾患の既往症はなく、本件事故後も入院中心疾患の所見は皆無であつた。亡義夫は、前記五井病院退院後も従前同様飲酒・喫煙を続け、本件事故から約一年経過後に心不全により死亡したものであり、本件事故と右死亡との間に因果関係は認められない。

2  損害

(一) 主位的請求における原告の主張(死亡による損害)

(1) 治療費  金三二七万〇一四〇円

(2) 入院付添看護費   金八一万円

(3) 入院雑費  金二二万八〇〇〇円

(4) 通院交通費  金五万一四八〇円

(5) 通院付添費  金七万八〇〇〇円

(6) 器具購入費  金四万一五〇〇円

(7) 休業損害     金一一〇万円

(8) 葬儀費用     金一二〇万円

(9) 逸失利益 金四七〇万二四〇〇円

(10) 死亡慰謝料  金一八〇〇万円

(以上に弁護士費用金二六〇万円を加え、前記填補額を差し引くと、合計金二八七三万一二二〇円)

(二) 予備的請求における原告の主張(傷害による損害)

(1) 右(一)の(1)ないし(7)と同じ

(2) 慰謝料 傷害の分 金二三〇万円

後遺障害の分 金五八〇万円

(以上に弁護士費用金一一〇万円を加え、前記填補額を差し引くと、合計金一一四二万八八二〇円)

3  過失相殺

(一) 被告らの主張

被告羽山の進行する本件道路は幅員九・一メートルの優先道路で、亡義夫の進行道路(幅員三・〇メートル)には一時停止の標識が設けられており、亡義夫運転の自転車は無灯火であつたから、亡義夫の過失は大きく、六割の過失相殺をすべきである。

(二) 原告の主張

被告羽山は、本件交差点に自転車横断帯が設けられていたのであるから、自転車の横断があることを予測し、進路前方を注意しながら進行すべき注意義務があつたのにこれを怠り、前記のような高速度で進行したものであり、仮に過失相殺が認められるとしても、亡義夫の過失に比較して被告羽山の過失ははるかに大きい。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件事故と亡義夫の死亡との間の因果関係の有無)について

1  前記第二、一3、同4に、甲第三号証の一、二、第九号証、第一二ないし第一六号証、第二一号証及び原告本人尋問の結果をあわせれば、次の事実が認められる。

(一) 亡義夫(昭和六年九月一九日生)は、昭和六一年六月二五日千葉県市原市内の医療法人社団内田医院に心不全(心筋梗塞の疑い)の治療のため入院し、漸次症状が軽快して昭和六二年三月三一日同医院を退院した。

その後亡義夫は、治療・投薬等を受けることなく、通常の生活を送り、飲酒・喫煙も続けていた。

(二) 本件事故後、亡義夫は、前記市原病院に入院し、昭和六三年一月一九日前記五井病院に転院したが、同月二一日、心電図検査により陳旧性心筋梗塞が認められた。また、同人は、右転院の前後を通じ、同月末ころまで、呼吸苦、胸部の痛みを訴え、喘鳴、不規則呼吸、呼気困難、夜間の一時的無呼吸等の症状が若干見られた。

しかし、担当医師が、これらの訴え、症状を重視し、心疾患に対する治療等の格別の処置をとつた形跡はない。そして、同年二月に入つてからは、入院診療録、看護記録に右訴え、症状についての記載はほとんど見られなくなり、検査・治療等も行われていない。

(三) 退院後、亡義夫は、本件事故による負傷のリハビリテーシヨンのため通院し、この点を除けば従前の生活と特に変わらず、飲酒・喫煙も続けていたところ、同年一一月三〇日、自宅で発作を起こし、救急車で前記市原病院に運ばれ、発症後約二時間で急性心不全により死亡した。

遺族の希望により遺体の解剖は行われず、その死亡に至る機序は医学的に明らかにされていない。

(四) 亡義夫は、本件事故による強度の全身打撲・負傷及びその治療・リハビリテーシヨン、被告ら・保険会社の対応等により、本件事故直後から相当の精神的・肉体的ストレスを被つていた。

2  右認定のとおり、亡義夫に本件事故前から心不全(心筋梗塞の疑い)の既往症があり、本件事故後の入院中に陳旧性心筋梗塞、前記のような症状が認められたこと及び亡義夫が本件事故により相当の精神的・肉体的ストレスを被つたことは事実であり、これらの点から、右ストレスが、亡義夫の直接の死因となつた急性心不全を引き起こす一因子ないし引き金となつたものとして、本件事故と亡義夫の死亡との間の因果関係を肯定することも考えられないではないが、一方、右1の認定事実中には右因果関係を疑わせるような事実関係も存在することに加え、何よりも右死亡に至る医学的機序に関する具体的資料が全くないことを考慮すると、右認定事実によつては、右因果関係について、これを全面的に肯定することはもちろん、割合的にその一部を肯定することもできないというほかなく、他にこれを肯定するに足りる立証もない。

二  争点2(損害)について

右に判示したとおり、本件事故と亡義夫の死亡との間の因果関係は割合的にもせよ認めることができないから、以下、予備的請求における損害(傷害による損害)に関する原告の主張について判断する。

1  治療費

原告の前記傷害の治療費として金三二七万〇一四〇円を要し、右治療費が本件事故と相当因果関係のある損害であることは、当事者間に争いがない。

2  入院付添看護費

甲第一三ないし第一五号証、原告本人尋問の結果によれば、亡義夫は、前記入院期間中、前記傷害により動作が不自由であつたため、その妻(原告の母)が三〇日以上付き添つて身の回りの世話をし、看護したことが認められる。甲第一四号証(前記五井病院の入院診療録)中の診断書には、付添看護を要する期間がなかつたという趣旨の記載があるが、右は医師の判断を記載したものであり、前記傷害の内容、亡義夫の入院後の症状等からすれば、ある程度の付添看護は事実上やむを得なかつたものと認められるから、付添看護費として、三〇日分に限り一日につき金四五〇〇円の割合により計算した合計金一三万五〇〇〇円を、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。

3  入院雑費

亡義夫が、前記入院一九〇日間分として一日につき金一二〇〇円、合計金二二万八〇〇〇円の入院雑費相当の損害を被つたことは、当事者間に争いがない。

4  通院交通費

亡義夫が、前記のとおり三九日通院し、これにその妻が付き添い、二人の通院交通費(バス代)として、合計金五万一四八〇円の損害を被つたことは、当事者間に争いがない。

5  通院付添費

弁論の全趣旨によれば、亡義夫の妻が右通院に付き添つたのは、亡義夫の歩行等が不自由であつたためであるが、右付添いの必要性は少なかつたものと認められるから、右妻の通院交通費のほかに通院付添費相当の損害を認めることはできない。

6  器具購入費

亡義夫が、ステツキ購入代金三〇〇〇円、右手装具購入代金三万八五〇〇円をそれぞれ支払い、器具購入費として、合計金四万一五〇〇円の損害を被つたことは、当事者間に争いがない。

7  休業損害

原告は、亡義夫が本件事故前少なくとも月額金一〇万円の収入を得ており、本件事故による傷害により一一か月間休業したとして、合計金一一〇万円の休業損害を主張するが、甲第一七号証の一ないし四、第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、亡義夫は、以前大工をしていたことがあり、本件事故前には、定期的・継続的にではないが、金魚等の露店販売、看板の設置・塗装等の種々の賃仕事をし、収入を得ていたこと、同人は、本件事故(昭和六二年一二月二四日)後、前記のとおり入院を経て、昭和六三年一一月二一日まで通院して本件事故による傷害の治療を受け、同日その症状が固定したものであり、右傷害によりそのころまで一一か月稼働することができなかつたことが認められる。そして、本件事故前の亡義夫の収入の具体的金額は右各証拠によつては確定することができないが、右各証拠に弁論の全趣旨をあわせれば、右収入は、少なくとも原告主張の七割である月額金七万円を下らなかつたものと認めるべきである。

なお、乙第二号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡義夫は、死亡前、知合いの工務店社長に、同工務店が型枠大工として事故前三か月に合計金七〇万五三七五円(一日当たり金七七五一円)の給与を支給し、本件事故後給与を支給しなかつたとする虚偽の休業損害証明書(昭和六三年五月四日付)を作成してもらい、保険会社に提出した事実が認められるが、亡義夫としては、当時の仕事の性質上収入を具体的に示す資料が揃えにくかつたため、そのような行動に出たものであることが推認され、右事実は、亡義夫の本件事故前の収入につき前記のとおり認定することの妨げとはならない。

そうすると、亡義夫の休業損害は、一一か月分合計金七七万円の限度でこれを認めるべきである。

8  慰謝料

亡義夫の受けた傷害の程度、入・通院の期間及び右傷害の症状が死亡前の昭和六三年一一月二一日固定したことは、前記のとおりであり、前記五井病院の担当医師作成の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書である甲第四号証には、右症状固定時、亡義夫には、右手関節背屈・掌屈制限、右手指開排制限、右上肢第七・第八頸部神経領域の知覚障害等の後遺障害が残つた旨が記載されている。乙第一号証によれば、本件訴訟係属中、自賠責保険の千葉調査事務所において亡義夫につきされた後遺障害等級事前認定は、自賠法施行令別表第一二級第一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)であることが認められるが、右は、亡義夫の死亡後、残された資料のみによつてされたものであり、右甲第四号証及び原告本人尋問の結果によれば、亡義夫の後遺障害の程度は右認定等級を上回るものと考えられる。その他、本件にあらわれた諸般の事情を総合すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、傷害の分、後遺障害の分をあわせて金四五〇万円をもつて相当と認める。

9  右1ないし8の損害の合計は、金八九九万六一二〇円である。

三  争点3(過失相殺)について

1  本件事故の態様は前記のとおりであり、甲第一一号証によれば、被告羽山が進行してきた本件道路は、市街地を走るアスフアルト舗装がされた幅員約九・一メートルの道路であり、最高速度が時速四〇キロメートルに規制されていること、亡義夫が進行してきたのは、本件道路にほぼ直角に交差する幅員約三・〇メートルの道路であり、本件交差点手前に一時停止標識が設けられていること、本件交差点を被告羽山の進行方向に渡り切つた本件道路上には、自転車横断帯が設けられていたこと、被告羽山・亡義夫のいずれについても前方直進方向の見通しは良いが、被告羽山から見て右斜め前方の亡義夫が進出してくる道路方向、亡義夫から見て左斜め前方の被告羽山が進行してくる本件道路方向の見通しは、歩道橋の存在等によりいずれも不良であり、付近は早朝のため暗かつたこと、被告羽山は、時速七〇キロメートルの速度で進行し、右斜め前方約二六・八メートルの地点に、自転車を運転し(無灯火で、自転車横断帯外を進行していた。)、右方の道路から進出して本件交差点内の本件道路反対車線のほぼ中央付近に達していた亡義夫を発見し、危険を感じて急ブレーキをかけ、ハンドルを左に切つたが、間に合わず、加害車両の右前部を亡義夫及びその運転する自転車の左側面に衝突させ、亡義夫を転倒させたこと、以上の事実が認められる。

2  右認定事実によれば、被告羽山に前記のとおりの過失がある一方、亡義夫についても、その進行道路の本件交差点手前に設けられた一時停止の標識を無視して本件道路に進出したことを認めるに足りる証拠はないものの、同人の進行道路よりも被告羽山の進行する本件道路の幅員が明らかに広いのに、本件道路に進出するにあたり左方の安全を十分に確認しなかつたことを推認することができ、相当の過失があつたものと認められる。そして、亡義夫の過失と被告羽山の過失とを対比すると、その割合は、亡義夫が四割、被告羽山が六割であると認めるのが相当である(なお、亡義夫につき、一時停止の標識が設けられていたこと、自転車横断帯を進行しなかつたこと及びその運転する自転車が無灯火であつたこと、被告羽山につき、本件道路に自転車横断帯が設けられていたことは、いずれも右過失割合にほとんど影響を及ぼさないものと判断する。)。

3  そこで、右二9の損害の合計について四割を減額すると、被告らが亡義夫に対し不真正連帯債務として負担すべき損害賠償債務の額は、金五三九万七六七二円となり、亡義夫は前記のとおり金三三五万〇三〇〇円の損害の填補を受けたので、残額は金二〇四万七三七二円である。

四  原告の相続

甲第九、第一〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、亡義夫の法定相続人は、その長男である原告ほか五名であつたが、平成二年七月、遺産分割協議を行い、原告が、亡義夫の本件事故による損害賠償請求権を単独で取得する旨を合意したことが認められる。

五  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、金二〇万円と認めるのが相当である。

第四  結論

以上によれば、原告の主位的請求は理由がなく、予備的請求は、被告らに対し、連帯して、損害合計金二二四万七三七二円及びこれに対する本件事故発生の日の後であり、記録上明らかな本件訴状送達の日の翌日である平成三年四月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

(裁判官 河本誠之)

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